本や映画の感想集

最近はThe Doorsを聴いている

やっぱりすごかった!漫画「迷走王 ボーダー」を再読。

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「迷走王 ボーダー」狩撫麻礼原作、たなか亜希夫作画

迷走王 ボーダー : 1 (上) 迷走王 ボーダー (アクションコミックス)

1980年代後半に漫画アクションで連載された「迷走王 ボーダー」を覚えているだろうか。もしまだ読んでいなければ猛烈にオススメしたい。若い世代には特にだ。
リアルタイムで読み心酔した人達は、今では40'Sオーバーだと思う。

ブルーハーツの歌詞だけで丸々1週分使った回や、ウェイラーズが登場したりと、レベル(反抗)ミュージックを意識的に作品の中に挿入していたため、音楽ファンにも支持されていた。現にブルーハーツのメンバーも、元々好きで読んでいたところに突然自分たちが登場して驚いた、というような発言をしていた記憶がある。また、作者はそれらの音楽を使って、作品の態度を明確にしたとも言えるだろう。

主な登場人物は三人。主人公”蜂須賀さん”は、元小説家。月光荘というボロアパートの、家賃3千円でかつては共同便所だった部屋で暮らしている。定職にはついていない。そして、頭は切れるが競争心はなくどこか当時新人類と呼ばれた無気力な若者を思い出させる”久保田”と、後に東大農学部生になる東北出身”木村”の三人だ。常識的な世界を「あちら側」と称し、三人のいる世界を「こちら側」ととらえ、その境界線上(ボーダー)で、常識を嫌い、自由に、時には歯を食いしばり生きていく物語だ。とはいえ根底には、情けなさ、やるせなさからくる笑いがあり、堅苦しさはなく、そこがこの作品が愛される理由だったと思う。

 


10代だった僕はいつか蜂須賀さんに出会えると思っていた。バカな話だけど。バカでケンカっぱやく金も常識もない、しかしたった一つしかない「真実」を、生きていく上での「正解」を知っている蜂須賀さんに。結論から言うと僕は蜂須賀さんには出会えなかった。たぶんあんな人はいないのだ。漫画だから当然だろうと思うかもしれないけれど、あの時代、ボーダーを読んでいる人にとって、蜂須賀さんは生身の人間か、それ以上にリアリティをもった存在だったのではないだろうか。

正月に20年ぶりくらいにボーダーを読み返してみた。蜂須賀さんと、久保田・木村はそもそも初めから同じ世界には住んでいなかった。いつか大人になり卒業していく久保田・木村の二人と、もう一般社会の中に到底戻ることのできない蜂須賀さんの悲しく切ない話でもあった。でもそれでいいのだと思う。ある種の強さは人を孤立させていき、良くも悪くも蜂須賀さんはその強さを身につけてしまった。僕を含めたほとんどの人間には、そんな強さは重荷なだけかもしれない。僕らは久保田であり木村であるべきなのだ。生きていくためには。

でも僕は、これを読んだ若者の中から、蜂須賀さんに惹かれる人間が出てくることをひそかに期待している。そんなちょっと笑っちゃうような意地を張った若者に出会えることを。

※これを書いたあとウィキペディアを見たら、"続編『ネオ・ボーダー』が「漫画アクション」誌上で2015年16号まで連載された"という情報が…。知らなかったー! もしかすると蜂須賀さんが公務員になっていたりするかもしれない。さすがにそれはないか(笑) でもこれが「迷走王 ボーダー」を読んで感じたことなので、そのまま読んでいただければと思います。

 

迷走王 ボーダー : 1 (上) 迷走王 ボーダー (アクションコミックス)

迷走王 ボーダー : 1 (上) 迷走王 ボーダー (アクションコミックス)

 
狩撫麻礼作品集―カリブソング (SideA) (Beam comix)

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